東京高等裁判所 平成10年(行ケ)113号 判決 1999年12月21日
原告
ザ ポロ/ローレン カンパニー リミテッド パートナーシップ
代表者
【A】
訴訟代理人弁護士
松尾眞
同
難波修一
同
兼松由理子
同
内藤順也
同
寒竹恭子
同
向宣明
同
岩波修
同
上村真一郎
同弁理士
【B】
同
【C】
同
【D】
被告
上野衣料株式会社
代表者代表取締役
【E】
訴訟代理人弁護士
田倉整
同
伊藤昌毅
同弁理士
【F】
主文
1 特許庁が平成6年審判第2025号事件について平成9年12月5日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
被告は、商品区分(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令の区分による。以下同じ。)第17類の「被服、布製身回品、寝具類」を指定商品とする別紙審決書の理由の写し別紙(1)のとおりの商標登録第2608687号商標(昭和62年10月27日登録出願、平成5年12月24日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標の専用使用権者である株式会社ポロクラブジャパン(以下「ポロクラブジャパン」という。)は、別紙審決書の理由の写し別紙(2)のとおりの商標(以下「使用商標」という。)を使用している。
原告は、平成6年2月1日、ポロクラブジャパンによる使用商標の使用は本件商標に類似する商標の使用に当たり、かつ、この使用は、ラルフ・ローレンのデザインに係る被服等を扱う原告の業務に係る商品と混同を生ずるものであるとして、商標法53条の規定に基づく本件商標の商標登録の取消しの審判を請求した。特許庁は、上記請求を平成6年審判2025号事件として審理した結果、平成9年12月5日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同月22日に原告に送達した。なお、原告のため出訴期間として90日が附加された。
2 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおり、使用商標とラルフローレンのデザインに係る被服等を表す商標とは出所を異にするものと認識されており、両者間に出所の混同は生じていないから、ポロクラブジャパンが使用商標を使用することにより原告の業務に係る商品と混同を生ずるものをした、とは判断することができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由1ないし4は認める。同5(1)は認める。同5(2)は、審決の摘示した乙号各証に審決摘示のような記載があることを認め、証拠の評価及び結論は争う。
1 審決は、「使用商標と請求人が挙げる「ラルフ・ローレンのデザインに係る被服等を表す『POLO』及び『ポロ』商標」とは、被服を取り扱う業界はもとより需要者間においても出所を異にするものと認識され、両者間に出所の混同は生じていなかったものと判断するのが相当」(23頁8行ないし13行)と認定判断し、その根拠として、審判において被告の提出した各書証を挙げている。
しかし、上記各書証は、上記認定の根拠になるものではない。
まず、上記各書証は、被告自身が掲載した広告を除けば、いずれも、単に「ポロクラブ(POLO CLUB)ブランド」に関するものであるにすぎず、使用商標について言及したものではない。したがって、上記各書証は、使用商標と「ラルフ・ローレンのデザインに係る被服等を表す『POLO』及び『ポロ』商標」との間で出所の混同が生じていたか否かの根拠とはなり得ない。
また、上記各書証は、「ポロクラブ(POLO CLUB)ブランド」の販売先、売上高及びブランドとしての知名度に関するものであるにすぎず、仮に、これらにより「ポロクラブ(POLO CLUB)ブランド」の周知性が証明されたとしても、そのことは、使用商標とラルフ・ローレンのデザインに係る被服等を表す商標との間で、ひいては「ポロクラブ(POLO CLUB)ブランド」と原告のブランドとの間で、取引者・需要者が出所を混同していないということの直接の根拠にはなり得ない。
2 原告の有する、乗馬しているポロ競技者を表した商標及びこれを含む商標(審決のいう引用商標1、2、以下、審決と同様に呼ぶ。)は、昭和63年には既に著名であった。そして、平成3年には、原告のブランドの商品の売上高は934億円を突破していた。
被告の「ポロクラブ」ブランドは、原告の知る限り、平成2年以前は、広告宣伝はほとんど行われていない。そして、被告及びポロクラブジャパンは、原告のブランドの商品が爆発的な伸びを示した平成3年ころから、突如「ポロクラブ」ブランドの商品の宣伝を大々的に開始し、しかも、引用商標1、2と極めて類似するポロ競技者の図形を用いた使用商標の使用を開始したのである。
被告の使用商標は、原告の引用商標1、2と類似しており、仮に使用商標が著名であるとしても、その著名性は、被告独自の努力によるものではなく、被告が世界的に著名な原告の引用商標1、2にただ乗りして、使用商標と原告の業務に係る商品を混同させることによって初めて築かれたものである。
3 同一デザイナーが、性別、対象年齢、用途等に応じて種々のブランドを設定することは珍しいことではない。このため、使用商標は、百貨店等で販売される高級ブランドである引用商標1、2などの「ポロ(POLO)」ブランドよりも大衆向けにした原告のブランドの一つ(いわゆる「ディフュージョンブランド」)であるかのごとく誤解されることが少なくないのである。
第4 被告の反論の要点
1 被告は、昭和46年、別紙被告登録商標目録一記載の商標につき当時同商標を出願していた日本綜合株式会社の商標使用許諾に基づいて使用を開始し、その後も継続してこれについての使用実績を重ねるとともに、市場の動向等に合わせて使用商標を含めた「ポロクラブ」ブランドの展開を行ってきたものである。
使用商標の周知著名性は、審決認定のとおりであって、その後の広告宣伝により、その周知著名性は、更に高いものとなり、現状では原告を大きくしのぎ、また、AIPPIの日本有名商標集に掲載されるまでになっている。これは、被告、専用使用権者、通常使用権者の長年にわたる広告宣伝、商品販売等の企業努力の結果である。
2 使用商標は、「Polo Club」の文字と疾走する馬上で競技者がマレットを強く振り下ろしている図形とが一体化した一体性の高い結合商標であり、外観、称呼、観念のいずれにおいても引用商標1、2に類似しない。
使用商標の図形は、馬が疾走して、前かがみになった競技者がマレットを今まさに振り下げようとしている状態の、動的にしてスピード感にあふれた図形である。これに対して、引用商標1、2の図形は、馬が歩いて、これにまたがった競技者がマレットを斜め上方に挙げている状態の、静的にしてのんびり感のある図形である。双方はポロ競技を描いた図形である点で共通するが、図形としての形態を異にし、印象を異にするものであって、類似しない。
3 原告は、原告が複数のブランド展開をしているから、使用商標は、原告ブランドの一つ(いわゆる「ディフュージョンブランド」)であるかのごとく誤解されることが少なくないと主張する。しかし、原告の複数のブランド展開は、使用商標が周知著名になった後に行われているのであって、より遅い事情を持ち出して被告を非難するのは論理が逆である。
第5 当裁判所の判断
1 引用商標1等の著名性について
(1) 甲第105、第108、第110、第111、第141及び第143号証によれば、以下の事実が認められる。
ラルフ・ローレンは、1939年(昭和14年)生まれのアメリカの服飾デザイナーである。同人は、1967年(昭和42年)、アメリカにおいて、「ポロ」の商標を付けて売り出したネクタイが好評を博し、その後、1971年(昭和46年)にはファッション界のアカデミー賞と称されるコティ賞を受賞、1974年(昭和49年)には、ロバート・レッドフォード主演の映画「華麗なるギャツビー」の男性衣装を担当するなどして、同年ころまでには、アメリカにおいて、服飾デザイナーとしての名声と広範な人気を得ていた。原告は、ラルフ・ローレンと密接な関係を有し、同人のデザインに係る商品を取り扱う企業であり、1971年(昭和46年)ころには、原告ないし原告の関連企業(以下、これらをまとめて「原告等」という。)が、引用商標1とほぼ同じ図形及び二段に書いた「Polo」と「by RALPH LAUREN」とから成る構成の商標を使用し、そのブランドを「ポロ」、婦人服のブランドを「ミズ・ポロ」等と称し、婦人服の袖口に引用商標1を付して、「すべての商品は、袖口に象徴的なポロプレーヤーマークが付いています。」、「ポロショップにてお求めになれます。」などとアメリカの新聞で宣伝していた。また、1977年(昭和52年)には、原告等が、「ポロクラブ」と題して、ラルフ・ローレンのデザインに係る商品を「ラルフローレンのポロ製品」、「ポロのシャツ、タイ、靴」として紹介する新聞広告をしたこともあった。
(2) 甲第48ないし73号証によれば、以下の事実が認められる。
ア 日本においては、株式会社西武百貨店が、昭和51年に原告等と男性向けの「ポロ」ブランドと称されるブランドに関する使用許諾契約(ライセンス契約)を結んだ。そして、原告等ないし株式会社西武百貨店のポロ・ラルフ・ローレン事業部の昭和61年の年商は、男性向けの「ポロ」ブランドと称されるブランドが約90億円、女性向けの「ラルフ・ローレン」、子供向けの「チャップス」等他の原告等のブランドも合われば約172億円であった。
イ 服飾関係の雑誌等には、「世界の一流品大図鑑 ’81年版」(株式会社講談社昭和56年発行)、「世界の一流品大図鑑 ’84年版」(株式会社講談社昭和59年発行)には、一流商品として、「POLO」、「ラルフローレンの代名詞ともいえるポロ」の表示とともに原告等の商品が紹介されていた。
また、同じく服飾関係の雑誌等には、「MEN’S CLUB 1984年1月号」(株式会社婦人画報社昭和59年1月1日発行)に、「アメリカン・デザイナーの雄 ラルフ・ローレン物語・・・今やポロ・ブランドは世界26か国に進出している」(164頁見出し)、「MEN’S CLUB 1986年12月号」(株式会社婦人画報社昭和61年12月1日発行)に、「独占取材 ニューヨーク最大のポロショップ」(216頁見出し)、「MEN’S CLUB 1987年3月号」(株式会社婦人画報社昭和62年3月1日発行)に、「ニューヨーク・トラディショナルの巨頭、ラルフ・ローレンのデザインするポロシャツは、日本でもよく見かけるポロシャツのひとつ。・・・ポロ・ブランドのポロシャツやシャツ、ジャンバー、ニットなどにつくこのポロのマークは、現在のトラディショナルファッションの象徴のような感さえある。」(66頁左欄)、「MEN’S CLUB 1987年8月号」(株式会社婦人画報社昭和62年8月1日発行)に、「特集 ラルフ・ローレン」(61、62頁見出し)、「ポロ・ショップ」(64頁見出し)、「ポロほどの大コレクションだから、さぞ大勢のデザイン・スタッフがいるのかと思ったら」(67頁下欄)、「MEN’S CLUB 1988年6月号」(株式会社婦人画報社昭和63年6月1日発行)に、「ポロとラコステ。・・・押しも押されぬ米欧二大巨頭の登場なのだ。」(66頁右上欄見出し)、「永遠の『ポロ』のワンポイント」(66頁右上欄)、「流行通信 11月号」(株式会社流行通信昭和60年11月1日発行)に、ラルフ・ローレンについて「9億ドルの商いをする男」(74頁上欄)、「あのポロのエンブレム・・・馬に乗りポロに興じている有名なエンブレム」(75頁上欄)、「ダブリュー ジャパン 1988年8月号」(株式会社流行通信昭和63年8月1日発行)に、「特集 今世紀の偉大なるデザイナー辞典」(表紙)、「ラルフ・ローレン」(2枚目下欄)、「ポロというブランド名でスタートした。」(2枚目下欄)、「その後のメンズ・ウエアに大きな影響を及ぼした。」(3枚目上欄)、「Hanako 1988年10月6日号」(株式会社マガジンハウス昭和63年10月6日発行)に、「ラルフ ローレン・スタイル」(4頁見出し)、「ポロマークでおなじみ、ラルフローレン」(4頁下欄)、「あのポロマークは決して一ブランドのアピールポイントではなく、洗練を意味する、ステイタスの証拠だということを、誰もが囁き出しています。」(5頁下欄)として、ラルフ・ローレンないし同人のデザインに係る商品を製造販売する企業(すなわち、原告等)の使用する引用商標1及びその販売する「ポロ」という名のブランドが著名なものであることを前提とした記事が掲載されていた。
ウ 昭和59年から63年にかけて、原告等ないし西武百貨店は、「LEE」(集英社発行)、「MEN’S CLUB」(株式会社婦人画報社発行)、「ミセス」(文化出版局発行)、「流行通信」(株式会社流行通信発行)に、引用商標1に「Polo Ralph Lauren」を組み合わせた商標、「Ralph Lauren」の文字を組み合わせた商標(引用商標2)等や「ポロ ラルフ・ローレン」の文言を使用して広告宣伝していた。
(3) 前記(1)、(2)の事実によれば、遅くとも昭和63年ころまでには、「ポロマーク」とか「ポロのエンブレム」等と称呼される引用商標1及びブランド名の「ポロ」は、いずれも、原告等の業務に係る服飾関係の商品を表すものとして著名となっていたことが認められる。
また、前記「MEN’S CLUB 1986年12月号」、「MEN’S CLUB 1987年8月号」の記載によれば、上記ブランド名の「ポロ」は、男性向けのブランドの1つであるところの、アメリカにおいて使用されている「POLO」ブランドないし日本において使用されている「ポロ ラルフ・ローレン」ブランドだけではなく、原告等の販売する他のブランドを含めたものを意味することもあったものと認められる。
(4) 甲第74、第76ないし第105号証によれば、以下の事実が認められる。
ア 平成元年から平成3年にかけても、原告等は、新聞、雑誌等で引用商標1に「Polo Ralph Lauren」、「Ralph Lauren」等の文字を組み合わせた商標、「ポロ ラルフ・ローレン」の文言を使用して広告宣伝を続けていた。
イ 雑誌には、「DANSEN 1990年10月号(スタイル社平成2年10月1日発行)に、「輝く『ポロ』のエンブレム」(2枚目上段)、「女性自身 平成3年9月3日号」(平成3年9月3日光文社発行)に、「とうとう男のコの『彼女に着せたい』№1ブランドに! ラルフ・ローレン 知ってるつもり!? 最近、いちばん“ツブシ”のきくブランドはやっぱり“ラルフ・ローレン”。でも、知ってるのはポロのマークぐらい。生みの親はどんな人かな?」(2枚目左欄)、「巷の『ポロ好き』大集合」(5枚目右欄)等として、原告等が販売するブランド全体を意味する「ポロ」ブランド及び引用商標1が著名であることを前提とした記事が掲載されていた。
ウ 原告等の販売するブランド全体の年間売上高は、平成元年2月末で約250億円、平成2年2月末で約300億円となっていた。また、これについて、「ウーマンズ・ウエア・デイリー・ジャパン 1990年1月22日号」(株式会社流行通信社平成2年1月22日発行)には、「ポロブランド全体の売上高は、昨2月末で250億円(下代ベース)をマークしたが、今2月末では300億円を突破する見込みだ。」と報道されている。
(5) 上記(4)の事実によれば、原告等の販売するブランド全体を指すこともある「ポロ」ブランドの名称と引用商標1は、平成元年以降も継続して著名であったものと認められる。
2 使用商標について
(1) 使用商標の「Polo」と「Club」の間にある図柄(以下「使用図柄」という。)は、馬に乗った一人の競技者がマレットを振り上げてポロをしているように見える図柄であって、引用商標1と類似するものである。
(2) そうすると、使用商標を服飾関係の商品に使用した場合には、使用商標に接した一般の需要者は、使用図柄から著名な引用商標1を連想し、かつ、「Polo」の部分に着目して、著名なブランド名「ポロ」を連想するものと認められる。
したがって、使用商標に接した一般の需要者は、使用商標に記載されている文字が「Polo Club」であって、「Polo Ralph Lauren」ないし「ポロ ラルフローレン」ではないことを認識した場合であっても、使用商標が原告等とは無関係であることを元々知っている等の特段の事情がない限り、使用商標の「Polo」と「Club」が使用図柄によって分けられており、しかも、「Club」が広く同好の士の集団を意味するごくありふれた日常用語にすぎないことから、使用商標が「ポロ」ブランドとも呼ばれることのある原告等のブランドの一種(すなわち、他の原告等のブランドとは、男性向けと女性向け、中年向けと若者向け、フォーマルとカジュアル等対象とする顧客を異ならせたために、類似の商標ではあるものの、名称等を若干変えてあるブランド)であるものと誤解し、使用商標の使用者は、原告等ないしこれと何らかの関係を有する者であると誤認して出所の混同を生ずるものというべきである。
(3) この点に関して、被告は、原告等の複数のブランド展開は、使用商標が周知著名になった後に行われているから、出所の混同は生じない旨主張する。しかし、服飾関係の企業が複数のブランドを展開している例が少なくないことは当裁判所に顕著であり、一般の需要者もまた、そのような例が少なくないことを認識していることは明らかであるから、実際に原告等が複数のブランドを展開しているか否かにかかわらず、一般の需要者において原告等も複数のブランドを展開しているものと誤解して、使用商標を原告等のブランドの一種と誤解する事態は起こり得るのである。被告の主張は、採用することができない。
3 使用商標の使用による出所の混同の有無について
弁論の全趣旨によれば、ポロクラブジャパンは、遅くとも平成元年ころから審決時までの間、服飾関係の商品である洋服類に使用商標を使用していたことが認められる。そこで、その間における使用商標の使用による出所の混同の有無を検討する。
(1) 平成元年ころの使用商標の使用について
イ 乙第528、第529号証によれば、昭和58年ころには、すでに別紙被告登録商標目録一ないし三記載の各商標が登録されていた事実が認められる。しかし、本件全証拠によっても、上記各商標が、平成元年よりも前に被告の業務に係る商品を表すものとして知られていたと認めることはできないし、まして、その商標の使用者が、原告等とは関係のない者であることが知られていたと認めることはできない。すなわち、本件全証拠によっても、上記各商標を使用した「ポロクラブ」ブランドが、平成元年よりも前に原告等とは関係のない者の業務に係る商品を示すものとして知られていたと認めることはできないのである。したがって、使用商標に、別紙被告登録商標目録一ないし三記載の各商標と称呼を共通にする「Polo Club」との文字が記載されていることは、前記出所の混同を妨げる特段の事情ということはできない。
ロ 本件全証拠によっても、使用商標が平成元年よりも前に原告等とは関係のない者の業務に係る商品を示すものとして知られていた等の特段の事情が存在したものと認めることはできない。
ハ そうすると、平成元年ころにおいて使用商標が使用された際には、一般の需要者について、原告等ないしこれと何らかの関係を有する者の業務に係る商品との間に出所の混同を生じたものというべきである。
(2) 平成元年より後、原告が審判において使用商標の使用の態様を示すものとして提出した繊研新聞の発行日付である、平成5年2月1日ないし同年6月1日ころまでの間の使用商標の使用について
イ 乙第16ないし第68号証、第71号証ないし第140号証、第146号証ないし第153号証、第157号証ないし第165号証、第177号証ないし第183号証、第192号証ないし第197号証、第204号証ないし第208号証、第214号証ないし第216号証、第225号証ないし第228号証によれば、被告、ポロクラブジャパンないしその関連企業は、平成元年から平成5年6月ころにかけて、百数十回以上にわたり、使用商標ないし「ポロクラブ」の商標を使用して新聞・雑誌等に広告等をしたことが認められる。しかし、上記広告等には、その使用者が原告等と全く関係のない者であることは示されていないから、上記広告等の事実は、前記出所の混同が消滅するような特段の事情ということはできない。すなわち、一般の需要者が使用商標を知ることになったとしても、使用商標を知ることと、使用商標の使用者と原告等との関係の有無を知ることは別であり、上記広告によって使用商標の使用者であるポロクラブジャパンが原告等と何らの関係がないということを認識できるわけではないから、上記広告等によって前記出所の混同が消滅するものとは認められないのである。
上記広告等のうちの多くのものには、広告主として、外国企業の日本法人であるかのような表示というべき、「Polo Club Japan Co.Ltd.」が表示されていることが認められることからすると、ラルフ・ローレンが外国人であり、原告が外国企業であることとの関連で、両者の関係についての混同は、上記広告等によっても減少しないのみならず、かえって促進される面もあるものというべきである。
ロ 乙第69(「ライセンスブランド全調査 1992年版」株式会社矢野経済研究所1992年8月26日発行、審決の乙第6号証)、第141号証(「マンスリーブランドマーケットレポート 1993-5月号」株式会社矢野経済研究所1993年発行、審決の乙第5号証)によれば、「ポロクラブ」の年間売上高は、平成元年以降増加を続け、平成3年度には、「ポロクラブ」ブランドの年間売上高は約113億円であったことが認められる。しかし、上記事実によっても、同ブランドの商品を購入している需要者が、同ブランドが原告等とは関係のない者の業務に係る商品を示すものとして認識しているとの事実を認めることはできない。
すなわち、平成元年より前の時点において、「ポロクラブ」ブランドが、原告等とは関係のない者の業務に係る商品を示すものとして知られていたと認めることはできないことは、前記(1)のとおりである。そして、弁論の全趣旨によれば、平成元年ないし平成3年度ころには、「ポロクラブ」ブランドの販売については、多くの場合使用商標が用いられていることが認められる。そうすると、使用商標を使用して「ポロクラブ」ブランドの売上高が増加したとしても、そのことによって、同ブランドが原告等とは関係のない者の業務に係る商品であるという認識が広まるということはできないのである。
特に、乙第69号証によれば、原告等は、「ポロ・ラルフローレン」ブランド(平成3年度の年間売上高約280億円)、「ラルフローレン」ブランド(同じく約185億円)、「チャップス・ラルフローレン」ブランド(同じく約68億5000万円)などという複数のブランドを販売していることが認められるのであり(なお、「チャップス・ラルフローレン」ブランドとの同一性は定かではないけれども、原告等は、乙第69号証6枚目6行目に記載されている「ポロ・チャプス」と呼ばれるブランドも販売していたものと認められる。)、このような状況の下では、「ポロクラブ」についても、これら原告等のブランドの1つとの認識を持って購入された可能性はますます大きくなるものというべきである。
ハ 乙第231号証(「’94ブランド&キャラクター調査」ボイス情報株式会社平成6年ころ発行)には、平成6年ころの調査の結果として、ブランド知名率について、「総合的に強いベスト30」では「ポロ・ラルフローレン」が13位、「ポロ・クラブ」が17位であるなど、両者ともに30位以内に順位づけられ、ライセンスブランド売上高ランキングについて、「ポロバイラルフローレン」は16位(320億円)、「ポロクラブ」は21位(280億円)に順位づけられたことが記載されている。
しかし、上記調査結果を、一般の需要者が、使用商標を使用している企業について、原告等と何らの関係を有しないことを認識していることの証左とすることはできない。すなわち、上記調査結果からは、調査の対象となった者は、「ポロ・ラルフローレン」ないし「ポロバイラルフローレン」と「ポロクラブ」とが別ブランドであることを認識していることは窺えるものの、両ブランドが関係のない企業によって販売されていることを認識していることは、全く窺うことができないのである。ちなみに、上記乙第231号証のライセンスブランド売上高ランキングには、30位以内には入っていないものの、原告等のブランドである「ラルフ・ローレン」が44位(140億円)、同じく「チャップス」が57位(110億円)に、いずれも「ポロバイラルフローレン」とは別ブランドとして挙げられている。そして、同証には、これらのブランド同士の関係の有無についての一般の需要者の認識もまた、何ら記載されていないところである。
ニ 乙第70(「あなたはいくつご存じですか ’92年ファッション・ブランドアンケート」日本経済新聞平成4年3月作成、審決の乙第8号証)、第144号証(「あなたはいくつご存じですか ’93年ファッション・ブランドアンケート」日本経済新聞平成5年3月作成、審決の乙第9号証)によれば、平成4年8月24日付けの日本経済新聞朝刊等掲載の広告企画への応募はがきを集計したところ、使用商標は、メンズ・カジュアル部門で知名率69.3%、一流評価率20.7%、所有率29.2%、購買意向率11.4%、平成5年8月23日付けの日本経済新聞朝刊等掲載の広告企画への応募はがきを集計したところ、使用商標は、メンズ・カジュアル部門で知名率80.5%、一流評価率21.3%、所有率34.6%、購入意向率12.1%で、いずれも、すべての項目でトップであったことが認められる。しかし、上記結果は、平成4、5年ころには一般の需要者が使用商標を知るようになっていたことを窺わせるものではあるものの、使用商標を使用する企業が原告等と関係がないことを一般の需要者が知っていたことを窺わせるものではない。したがって、上記結果をもって、前記混同を妨げる特段の事情とすることはできない。
ホ 乙第532号証(「平成5年3月31日付け繊研新聞」、審決の乙第7号証)には、「日本の有力ライセンスビジネス一覧」として、「ポロクラブ」が「ポロ・バイ・ラルフローレン」とは別に掲載されている。しかし、同証は、「ポロクラブ」について、「ポロ・バイ・ラルフローレン」とは別のブランドとして区別されているにすぎない。そして、同証には、原告等のブランドである「ポロ・フォーボーイズ」も、「ポロ・バイ・ラルフローレン」とは別ブランドとして掲載されているのであるから、同証の記載は、「ポロクラブ」と「ポロ・バイ・ラルフローレン」の両ブランドを使用する企業同士が何の関係もないことについて、一般の需要者が知っていたことを窺わせるものではない。
なお、同証が、何をもって「ポロクラブ」を有力ライセンスビジネスとしたのかを認めるに足りる証拠はないから、「有力ライセンスビジネス」とされていることをもって、混同がなかったことの証左とすることはできない。仮に、当時の「ポロクラブ」ブランドの売上高が少なくなかったことをもって、「有力ライセンスビジネス」とされているとしても、上記売上高を出所の混同がなかったことの証左とすることができないことは前示のとおりである。
ヘ 乙第141号証によれば、平成5年現在で、「ポロクラブ」ブランドのライセンシー(使用を許諾された者)は13社あり、伊勢丹、丸井等の百貨店、三峰、銀座山形屋等の専門店、ニチイ、ダイエー、忠実屋、イトーヨーカ堂、東武ストア、西友等の量販店で販売されている旨の記載がある。しかし、この事実をもって直ちに、使用商標に係る出所の混同がなかったことの証左とすることはできない。のみならず、甲第2、第4、第6、第8、第10、第12、第14、第16号証の各1、2、第3、第5、第7、第9、第11、第13、第15、第17号証によれば、伊勢丹、高島屋、三越、東急ストア、東武ストア、京急ストア、京成水戸百貨店は、平成4、5年ころ、原告からの抗議を受けた等の理由により、使用商標を付した商品の取扱いをやめたことが認められ、上記事実は、小売業者の中にも、使用商標について、原告等とは関係のない者の業務に係る商品を示すものとして一般需要者に広く認知されているとは考えていなかった者がいたことを推認させるものであるから、上記事実に照らせば、前記記載をもって特段の事情とすることはできない。
ト 乙第69、第141、第532号証の各記事の執筆者は、「ポロクラブ」ブランドが原告等とは無関係であることを認識していることが窺われる。しかし、上記各執筆者がいずれも服飾業界の事情に詳しい者であることは、その記事の内容から明らかであるから、上記執筆者の認識をもって、一般の需要者が同様の認識を有しているとすることはできない。
チ 他に、前記出所の混同を妨げるような特段の事情は認められない。
リ そうすると、平成元年より後平成5年2月1日ないし同年6月1日ころまでの間において使用商標が使用された際には、一般の需要者について、原告等ないしこれと何らかの関係を有する者の業務に係る商品との間に出所の混同を生じたものというべきである。
(3) 平成5年6月1日より後審決時までの間の使用商標の使用について
乙第1ないし第14号証、第154ないし第156号証、第166ないし176号証、第184ないし第191号証、第198ないし第203号証、第209号証ないし第213号証、第217号証ないし第224号証、第229号証、第232ないし第517号証、第538号証によれば、被告、ポロクラブジャパンないしその関連企業は、平成5年6月1日より後も、平成10年ころにかけて、300回以上にわたり、使用商標を使用して新聞・雑誌・テレビ等に広告したこと、「ポロクラブ」ブランドは、前記「ライセンスブランド全調査」及び前記「ブランド&キャラクター調査」の平成7年以降の版にも有力ブランドとして掲載され、業界新聞に取り上げられたこともあったこと、使用商標は、平成10年には「日本有名商標集」に掲載されたことが認められる。
しかし、上記事実もまた、既に述べてきた同種の事実の場合と同様の理由により、「ポロクラブ」ブランドないし使用商標が、「ポロ・バイ・ラルフローレン」等とは別のブランドとして知られるに至っていることの根拠とはなり得ても、このころにおける使用商標に係る出所の混同の認定の妨げになるものではない、ということができる。
(4) 出所の混同が存在することを裏付ける事情について
甲第142号証(「『ポロ』ブランド調査」株式会社博報堂平成11年5月作成)によれば、平成11年4月ころにおいても、ファッションに興味・関心があるとする10代ないし40代の男女280人を対象にアンケート調査(同じ質問に対して回答を求めることによる調査)をしたところ、使用商標を見たことがある、ないし見たことがあるような気がするとする者が合計94.6%、使用商標が付された商品を購入したことがあるとする者が34.3%であるにもかかわらず、引用商標1と使用商標は兄弟ブランドないしファミリーブランドであると思う者は68.2%、両商標に係るブランドが無関係であることを以前から知っていた者は23.6%であったことが認められ、上記事実は、前記出所の混同が以前から存在し、被告、ポロクラブジャパンないしその関連企業によるその後の広告等によって使用商標が更によく知られるようになったにもかかわらず、前記出所の混同は解消されないまま、平成11年に至ってもなお継続していることを裏付けるものというべきである。
4 以上のとおり、本件商標の専用使用権者であるポロクラブジャパンは、平成元年ころ、平成元年より後平成5年2月1日ないし同年6月1日ころまでの間、及び同年6月1日より後審決時までの間の各時点において、使用商標を使用することにより、原告等の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたものというべきであるから、これがないとした審決の認定判断は誤りであって、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
したがって、審決は、違法であって取消しを免れない。
5(1) ポロクラブジャパンによる使用商標の使用が、原告等の業務に係る商品との間で出所の混同を生じるものであったとしても、使用商標を使用した場合の方が、本件商標を使用した場合よりも出所の混同の程度が少ないものであった場合、あるいは両者において混同の程度に相異がない場合には、商標法53条の「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるもの」には該当しないというべきである。なぜなら、その場合には、登録商標が登録されていること自体に混同の原因があるというべきであって、それに類似する商標の使用を「混同を生ずるもの」とすることはできないからである。したがって、審判においては、この点をも検討すべきである。
(2) また、乙第518、第519号証によれば、使用商標は、平成2年10月8日に商標登録出願され、拒絶査定、これに対する不服の審判を経て、平成9年10月3日に商標登録第4062676号をもって登録されていることが認められる。上記事実は、前記認定を左右するものではないけれども、その判断の当否はともかくとして、少なくとも、特許庁の審判官が、何らかの根拠に基づいて、使用商標の商標登録出願時及び上記不服の審判の審決時において、使用商標が商標法4条1項15号に該当する、すなわち原告等の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標に該当すると認定することはできないと判断したことを意味するものである。
一方、商標法53条ただし書きは、「当該商標権者がその事実を知らなかった場合において、相当の注意をしていたときは、この限りではない。」と規定しており、これは、商標権者が、専用使用権者ないし通常使用権者の登録商標に類似する商標の使用が「混同を生ずるもの」ではないと判断しており、かつ、相当の注意を払っても、それが「混同を生ずるもの」であると判断することができなかった場合を含むものと解すべきである。したがって、審判においては、被告が、前記審判官のように何らかの根拠に基づいて、使用商標の使用が「混同を生ずるもの」ではないと現に判断していたか否か、そのように判断していたとして、相当の注意を払っても、なお、「混同を生ずるもの」と判断することができなかったのかという点についても、改めて検討・判断すべきものである。
第6 以上のとおり、原告の本訴請求は、理由がある。そこで、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)
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